|
ところで八方尾根リーゼンスラローム大会には、当時のスキー自慢のプライド
を大いにくすぐる"勲章"があった。それは、タイムによって歴然と色を分けられた。黒、青、赤のかも鹿を形どったバッジの存在。色別の基準を明示してみよう。壮年組=黒・2分30秒以内、青・2分31秒〜3分、赤・3分01秒〜3分30秒、40歳以上=黒・3分以内、青・3分01秒〜3分30秒以内、赤・3分31秒〜4分以内、女子=黒・4分以内、青・4分01秒〜4分30秒以内、赤・4分31秒〜5分以内、中学=黒・2分30秒以内、青・2分31秒〜3分、赤・3分01秒〜3分30秒、成年=黒・2分以内、青・2分〜2分30秒以内、赤・2分31秒〜3分以内、少年=黒・2分30秒以内、青・2分31秒〜3分以内、赤・3分01秒〜3分30秒以内といった具合だ。(以上の基準は第13回大会発表のもの)
もちろん、この基準は全長4,500メートル時代ではない。スタートが八方山荘の横からで、コースはおよそ3,200メートル時代に入ってからのこと。バッジの贈呈は、第1回大会からである。
そこで、このバッジの重みだが、そりゃぁ当時としたら大変なものだったらしい。ことに"黒バッジ"の重みたるや、まさに当時の足自慢仲間にあってそれこそ唾液ものであったとか。第14回大会をみても、黒バッジを獲得した選手はじつに僅かである。壮年の部3名、40歳以上の部3名、女子2名、中学生の部5名、成年組1名、少年組2名といった具合だ。
だから、黒バッジをいくつ持っているか、その数によってスキーヤーの"ハク"が決まるくらいの重みがあった。このバッジ認定は現在も続いている。
さて最後に、昨シーズン3月5、6、7日の3日間、第35回記念八方尾根リーゼンスラローム大会の模様を写真でレポートしよう。故福岡孝行先生の記念碑が見守るなか、中国からの招待選手を迎えて盛大に開催された。
選手はひたすらマイペースでゴールを目ざす。勝つというより完走する。今も昔も変わらぬ八方リーゼンの風景だ。苦しい、長い滑走が終り、ゴールに飛び込むと「ご苦労さま!」と選手の労をねぎらう飲み物が差し出される。優しい心遣いに、苦しかったレースをふっと忘れる。そして、ゴールした選手には記念バッジとタイムの入った認定証が手渡される。
「俺は、八方のリーゼンを完走したんだ!」。選手はみな同じ思いだ。
本格派からパラシュートを開いてゴールする冗談派まで、様々なポール大好き人間が八方リーゼンに集い、競い合う。その歴史、コース、約1000名の参加者、どれをとっても日本一、いや世界に比類のないアルペン競技会である。八方尾根リーゼンスラロームは、福岡先生の遺志を継ぎ永遠に不滅である。 |